【動物ブログ】飼育日記 ワオキツネザル「ワオの子ども成長記録‐②まさかの出来事と成長‐」
ワオキツネザル
無事健康に生まれてきたシイバの子ども。出産当日はシイバがしっかりと世話を焼いており、ひとまずほっと胸をなでおろしていました。
しかし安心も束の間、翌日の夕方に事件は起きました。母親の胸に抱かれているはずの子どもが地面に落ちて鳴いていたのです。シイバは子どもを見つめるものの、助けに行こうとはしません。担当者が拾ってシイバに近づけてみても、前足で叩いて攻撃しようとして、戻すことができませんでした。苦渋の決断でしたが、ここから人の手で育てる人工哺育へ切り替えることに決め、保護しました。万が一の時のためにと稼働していた人工保育器に子どもを入れ、ミルクを与え始めました。まさか保育器を本当に使うことになるとは思っていませんでしたが、子どもが弱っていない早い段階で保護できたことや、過去にもあった育仔放棄の例から様々な可能性を考えて準備していたことが功を奏し、比較的スムーズな滑り出しだったのではないでしょうか。
霊長類の人工哺育では、主にヒト用ミルクが使われます。ワオキツネザルも、当園の過去の成功例を手本に、ヒト用ミルクを38℃程度に温めてシリンジで飲ませる方法を取りました。ワオキツネザルは乳糖を分解することが難しく下痢をすることも多いため、整腸剤等を混ぜながら、1日7回の哺乳をスタートしました。7:30~21:30の間に2~3時間おきに哺乳をするのですが、始めは飲むのもゆっくりで、誤嚥しないように、子どもが苦しくないように等、様子を見ながら少しずつ飲ませる必要がありました。とても神経を使う作業でしたが、おっぱいを押すような動作をしながらミルクを懸命に飲み込む様子は、命の希望に満ちているように見え、そのたびに元気をもらえる様でした。
生後2週間ほど経った頃に、名前も決まりました。当園では多くの場合子どもが生まれた場合の命名は来園者からの投票で決定しますが、今回は人工哺育に切り替えた影響でしばらくは一般公開することができないと分かっていたため、関係職員の投票により決定しました。その名も「ワカバ」。母親のシイバから一文字取り、かつ春の芽吹きを感じられる名前としました。
15日齢頃からはつぶした煮サツマイモや煮ニンジンなど、離乳食を食べるようになりました。はじめは二頭身で頭でっかちだった体もどんどん大きくなり、1日に飲むミルクの量も増えていきました。ワオキツネザルのトレードマークであるしましまの尾も、成長とともに長くなりました。
また、行動や運動能力にも変化が出てきました。はじめはタオルやぬいぐるみにつかまって大人しくしていることが多かったのですが、30日齢あたりからは走り回ることが増え、45日齢頃からはワオキツネザルらしくジャンプもみられるようになりました。体の成長とともに筋肉もついてきているのが分かり、毎朝測定している体重も、増加する幅が大きくなっていきました。
動き回ることが増えると、次第に保育器の中だけでは手狭になってきました。日光を浴びることも健康な成長に重要なため、大きなケージに慣らし、保育器の外で過ごす練習も始めました。体が小さいうちは体温調節が苦手だったためヒーターなどを使いながらでしたが、成長と気温の上昇も相まって、すぐにヒーターなしでも大きなケージの中で縦横無尽に駆け回るようになりました。特に太陽が出ている暖かい日は、よく動き、よく食べ、翌日の体重増加に驚かされました。
さらにケージをオトナたちがいる獣舎の寝室に置いて、オトナたちとの見合いも少しずつ進めました。はじめはオトナたちも警戒感をあらわにして近づかないどころか、警戒の鳴き声を出すばかりでした。毎日それでも続けていると、少しずつ警戒を解き、ケージに近づいたりワカバの顔を舐める個体も出てきました。特に父親のウテウテと叔母にあたるジュリは、ワカバと積極的にコミュニケーションを取って世話をしようとしているように見えます。母親のシイバはまだまだ警戒していますが、警戒して遠くでウロウロしているだけだったはじめの頃に比べると、ケージの近くまではワカバの様子を覗きに来るまでに慣れました。ワカバはオスなので、メスに比べると群れに受け入れられやすいと考えられます。1歳半ほどで繁殖可能年齢になるため、まずはオス群のメンバーとして血縁のあるウテウテやノボリとの同居を目指しながら、メスたちにも忘れられないよう見合いを続けていきたいと思います。

58日齢、母親シイバ(右奥)とジュリ(左)と見合いしながら日光浴をしている様子。ワカバは左手前のケージに入った状態で過ごします。シイバは慣れてきたもののまだ遠くから様子を伺います。ジュリが近づくと、鳴き声を上げてコミュニケーションを取ろうとしていることもあります。
5月末現在、70日齢を超えて餌になるいろいろな枝葉や野草、野菜を食べることにもチャレンジし始めました。将来偏食傾向が出ないよう、本来母親や他の群れの個体が食べるのを横で見て学ぶ、様々な種類の餌を試してみたいと思います。
まだまだワカバが皆さんに会うことができるようになるには時間がかかると思われますが、今日も健康に過ごしているワカバを、これからも信じて応援いただけると嬉しいです。